先住民と歴史

アボリジニとトレス海峡諸島民

アボリジニとトレス海峡諸島民

オーストラリアには、元々、アボリジニとトレス海峡諸島民と呼ばれる先住民が暮らしていました。アボリジニは、少なくとも5万年以上前に南アジアからオーストラリアに渡ってきたとされ、トレス海峡諸島民は、約1万年前に、トレス海峡に浮かぶ島々に渡ってきたと考えられています。彼らは、独自の言語、信仰、習俗からなる複雑な文化を形成していました。
ヨーロッパ人入植
18世紀の地図

ヨーロッパ人入植

15世紀以降、オーストラリアの海岸には、ポルトガル、オランダ、イギリス、フランス、インドネシア、中国などの様々な国から探検家や貿易商人がやってくるようになりました。
イギリス植民地の設立
19世紀の地図

イギリス植民地の設立

1770年、海図作成や科学調査のためオーストラリア大陸に上陸したイギリスの探検家ジェームス・クックは、東海岸一帯を探検して大英帝国による領有化を宣言しました。その儀、大英帝国は、この地を囚人の植民地として利用することにしました。 1788年1月26日、イギリスからきた入植者(約1,350名。囚人と囚人の監督業務に携わる人々)がシドニーに上陸しました。入植を開始したこの日を記念して、1月26日は「オーストラリア・デー」と呼ばれる祝日となっています。

その後、一般の入植者もオーストラリアに住むようになり、農作物の栽培や牧羊のため、徐々に新たな土地を開拓していきました。植民地活動の拡大に伴いメルボルンやブリスベン、ホバート、パース、アデレード等の町にも多くの入植者が移り住みようになり、これらの都市は新たにできた植民地の州都となりました。
ゴールドラッシュ時代の幕開け
金鉱の坑夫の小屋

ゴールドラッシュ時代の幕開け

1851年に国内東部で金が発見され、ゴールドラッシュの時代が到来しました。ゴールドラッシュ時代の幕開けとともに、全国各地に小さな町が誕生し、これらを結ぶための、幹線道路が整備されるようになりました。交通手段や交通網の発展に伴い、さらなる入植が進められ、この国の経済の基礎を築いていきました。
連邦政府の成立
建国時の国会議事堂
(現在のビクトリア州議会議事堂)

連邦政府の成立

各植民地に自治権が認められるようになった1850年代半ばより、連邦化実現に向けた動きが見られるようになりました。1897年から1898年にかけて開催された連邦憲法制定会議で連邦憲法が起草され、この憲法を含む法案が1900年にイギリス議会を通過しました。翌1901年1月1日にこの法案が正式に施行されたことにより、かつての植民地を州と改め、州の統合体としての国家オーストラリア連邦が成立しました。
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オーストラリアは長い間、先住民が暮らしていたんだ。15世紀以降、ヨーロッパの人たちが入植し始めて、18世紀にイギリスの植民地になったんだよ。20世紀の最初の日、1901年1月1日にイギリスから独立して、オーストラリア連邦になったんだ。

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