東北支援プロジェクト - オーストラリアは東北と共に -
オーストラリアは2011年3月の東日本大震災以降、宮城県南三陸町、福島県飯舘村、岩手県をはじめとする地域を支援してきました。オーストラリアの対東北支援は政府間の枠組みを超え、自治体やコミュニティーレベル、そしてビジネスの分野へと多面化しています。
オーストラリアは長きにわたり日本の友人、よきパートナーであり、今後も継続して共に歩んでいきます。
東北支援のプロジェクトの一部を紹介します。
東日本大震災の初動対応
震災直後(2011年3月)、オーストラリアから76名の都市捜索救助隊が南三陸町に派遣され、捜索活動に携わりました。
都市捜索救助隊をオーストラリアから輸送した空軍のC-17輸送機は、日本に留まり、人道支援のため、物資や機材の輸送任務に携わりました。国防軍パシフィック・アシスト作戦の一翼を担ったC-17輸送機の出動は23回を数えました。
また、オーストラリアの当時の首相であるジュリア・ギラード氏は、震災後間もない2011年4月に訪日し、東京および南三陸町を訪れました。外国首脳として、最初の被災地訪問でした。南三陸町で、ギラード首相は、佐藤仁町長と会談した他、避難所で生活する被災者を見舞いました。また、佐藤町長の要請に基づきギラード首相が発表した食糧支援が、4日後に同町に到着しました。
オーストラリア研修旅行やホームステイプログラム
2012年3月、南三陸町から24名の中学生が、研修旅行のためゴールドコーストを訪れました。生徒たちは、オーストラリア人家庭にホームステイをしながら、地元校の授業に出席したほか、観光を楽しみました。
2013年3月、南三陸町の中学生20名が、研修旅行のためビクトリア州を訪れました。中学生達は、英語授業、ファームステイや有名なフィリップ島のペンギン・パレード見学など、様々なプログラムを体験しました。
2014年3月、南三陸町の中学生20名が、研修旅行のためクイーンズランド州を訪れました。中学生達は、英語授業、ホームステイやボランティアなど、様々なプログラムを体験しました。
2015年8月、被災地の子供たちに留学体験を届ける Support Our Kids のプログラムのもと、東北の中高生10名がクイーンズランド州ブリスベンでの2週間のホームステイプログラムに参加しました。帰国後、グループは2週間で学んだ事、感じた事、将来に向けて頑張りたい事など各々が力強く報告をしてくれました。
オーストラリアのミュージシャンの東北訪問
2011年3月の震災直後から、オーストラリアのミュージシャンが被災した岩手県内の小・中学校を訪れ、ジャズの楽しさを通じて子どもたちを勇気づけようと、演奏をし、子どもたちと交流しています。
2011年、オーストラリアのジャズミュージシャン、ミスインタープロテートは震災から半年後の9月に岩手県を訪れ、学校での演奏・ワークショップを実施しました。岩手県文化振興事業団の協力のもと、陸前高田市の気仙中学校と広田中学校、そして宮古市の鍬ケ崎小学校を訪問しました。生徒にとってははじめての本格的なジャズを聞く機会となりましたが、日本の「ふるさと」なども演奏し、生徒たちを楽しませてくれました。
2012年、オーストラリアのジャズシンガー、スティーヴン・ロシートと彼の率いるバンドのメンバーは被災地である岩手県の二校の中学校を訪問しました。八幡平市立松尾中学校と大槌町立吉里吉里中学校を訪れた彼らは、地元の生徒たちと音楽を通じた交流を行いました。
2013年、エチオピア生まれでその後オーストラリアに移住したデレブ・デサレンがボーカルを務める、8人組のオーストラリア・ジャズバンド、デレブ・ザ・アンバサダーが、東日本大震災の影響を受けた岩手県にある3つの学校を訪問し、生徒たちとジャズ音楽を通じた交流活動を行いました。太平洋に面した岩手県宮古市、山田町の中学校、大槌町の高校を訪れたデレブ・ザ・アンバサダーの一行は、被災地の生徒たちのためにジャズ演奏を通じた交流会を開催しました。軽快なジャズの曲を聞いて、生徒たちは体全体で音楽を楽しんでいました。
2014年、ジャズバンドのクッキン・オン・スリー・バーナーズが来日し、東北地方をツアーしました。生徒と先生と一緒に踊りながら、ファンクなジャズサウンドを披露しました。学校でパフォーマンスやワークショップを実施した後、定禅寺ストリートジャズフェスティバル in 仙台の復興支援ステージにも出演しました。
2015年、ポール・グラボウスキー・トリオという世界的に活躍するジャズバンドが来日し、岩手県田野畑村立田野畑中学校、野田村野田小学校、そして久慈市立三崎中学校を訪問しました。子どもたちを前に本格的なジャズ音楽を披露。一緒に校歌も演奏し、子どもたちを楽しませました。